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平和について語る。

HPに平和学習に関するコラムを掲載させていただきました。


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「平和学習に関心を持った理由」


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 8月15日は終戦記念日です。
 「戦争は悲惨なもの」という知識は持っていますが、
私は戦争時代に生きていたわけでも、実際に体験したこともありません。

学校の授業で学んだり、テレビや映画で戦争のドキュメンタリーを見たりして得た知識です。
あるいは、清掃を題材とした小説や映画も多くありますから、そこから学んだものもあります。
 

私の祖父母が若かったころ、戦争の真っ最中でした。

祖父母は戦争を実際に体験しています。
しかし、祖父母は私に戦争の話を殆どどころか一切しませんでした。
私がその理由を知ったのは祖父が亡くなってからです。

祖父は戦勝中、捕虜としてシベリアに抑留されていたのです。

祖父の死後、偶然にも市役所の展示ギャラリーで「シベリア抑留」をテーマとした展示会が開催されていることを知った私は、そこへ出掛けていきました。
正直な話、「シベリア抑留」という言葉の意味さえも知らなかった私は、そこで衝撃を受けました。

極寒の地で寒さに耐え、食べるものもなく馬の糞を食料と見間違えて食べたり、
「明日は自分が死ぬかもしれない」という恐怖と戦いながら耐え忍ぶ毎日・・・。

祖父が若い頃に体験したシベリアでの生活を私は想像することすらできませんでした。

私は恵まれた時代に生まれて食べ物に困ることもなく、
死の危険にすらさらされずに生きている私には、
当時の祖父がどんな思いで生きていたのか想像することができません。


 祖父は戦争の話をする人を嫌っていました。
おそらく、祖父にとっては思い出したくもない、語ることができないほどに辛い思いをしてきたのでしょう。


私が小学生のときの戦争学習で担任の先生が祖父に「戦争の話をしてほしい」と頼みました。

他にも戦争を経験した祖父母を持つ生徒は何人もいたのですが、祖父がシベリアに行っていたことを知っていたのかもしれません。

おそらく、先生はその話をしてくれることを期待していただと思います。
祖父は断っていましたが、先生は何度も家に電話をしてきました。

孫の私のためなのか最終的には引き受けました。

しかし、祖父はシベリアの話はしませんでした。

私の地元にいきなり落下傘(パラシュート)が落ちてきて敵かと思ったけれど日本兵だったと
「危険な目に合った」というような内容は話さず、先生としては期待外れだったと思います。
 

私は落下傘の話をする祖父の声が震えていて、
涙を浮かべていたことを今でも覚えています。

きっと話している内容は別でもシベリアでのことを思い出していたのでしょう。

家に帰った後、祖父の機嫌が悪かったことを覚えています。
祖母も祖父のことを想って戦争の話をしないようにしていたのでしょう。

戦争によって心を壊して日常生活を送れない人も多くいるのです。

「もっと話してほしかった」という気持ちもありましたが、
今では祖父がつらいなら話さないことは正解だったと思っています。

もちろん、戦争体験者の中にはご自身の苦しみを押し殺して伝えてくださる方もいます。
それも人それぞれです。
 

私は祖父のような思いをする人をなくしたいと思い、平和学習に関心をもつようになりました。 



のらくら。
ゆきこ


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こちらのコラムをPDFにまとめてあります。
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「平和学習に関心を持った理由」

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